2016年8月

花とご先祖供養 Ⅰ

  • 先週の土日には、法事のご供養のためのお花の注文をたくさんいただきました。本当にありがとうございました。
  • ネアンデルタール人の発掘がヨーロッパでなされたとき、それが埋葬された骨であり、なおかつ花に由来する炭素が見つかったという話があります。このことからネアンデルタール人の社会は宗教的な文化をもち、したがって彼らも高い知性があったというものです。
  • 最近のDNA測定によって、わたしたちホモサピエンスはネアンデルタールと交雑し、そのDNAが残っているということが分かったそうです。とすると死者に花を手向ける習慣は、既に滅んでしまった人類が始めたものなのか、わたしたち原生人類ホモサピエンスが自ら始めたものなのか、とても気になることです。
  • 散華サンゲ「仏を讃(たた)え供養(くよう)するために花を散布すること。もとインドで花や香(こう)を地にまいてその場を清め、また花香をもって信仰対象を供養したことに由来する。」日本大百科全書(ニッポニカ)
  • 勤行の初めのほうで読経する「四奉請シブジョウ」のなかに「奉請釈迦如来入道場散華楽」という文言があり、「お釈迦さまどうかおいでくださいませ。おいでいただいたらその道に花をまき散らして浄めてお迎えします(大意)」とあります。
  • いろいろな経典で諸仏菩薩を讃えて天人が空から花をまき散らしたと書かれていて、散華という仏教用語があるようです。
  • 日本大百科全書にあるように今でもインドでは散華を行っています。下の写真をご覧ください。
  • この写真はインド仏教徒1億人(公称)の最高指導者である佐々井秀嶺師を後援する南天会のホームページからお借りしました。佐々井上人は、インド建国の父であるアンベードカル博士の弟子となって、博士亡き後インドの地に仏教を復興する大運動を繰り広げている方です。
  • インド建国の父というと皆さんはガンジーさんを思い浮かべるでしょうが、アンベードカル博士もインド独立運動にかかわりインド憲法の草案者となった人です。アンベードカル博士は不可触民の生まれで大変な差別にあい苦労しました。ご存知のようにインドにはカースト制度という身分制度が未だに存在しており、不可触民というのはその一番下のカーストよりも下の身分のことをいいます。ヒンズーの寺院に入れなかったり水を使わせてもらえなかったり様々な差別を長い歴史のなかで受けてきました。また、高いカーストの人でもカーストの下の人と人と結婚すると一気に身分が下がり不可触民とされてしまいます。
  • 佐々井秀嶺師のことは『男一代菩薩道―インド仏教の頂点に立つ日本人、佐々井秀嶺』小林三旅, 今村守之 (アスペクトデジタルメディア社)2007年で知りました。おもしろい本です。一中校長のとき、お坊さんになりたいという高い志をもった生徒がいましたので、彼にこの本を読むようあげたところ大変感動してくれました。
  • 仏教では万人が平等です。わたしの家の菩提寺は平等寺(浄土宗)というくらいです。当然カースト制度を否定します。そのこともあって都市国家と商業の発達した紀元前3世紀頃に隆盛を極めましたが、その後ヒンズー教やイスラム教に押されてインドではほとんど滅びてしまったのです。
  • 不可触民への差別と戦う運動を進めていたアンベードカル博士でしたが、不可触民自身の自尊心の低ささえも救うことが難しいという現実がありました。そこで、博士は死の2か月前に約50万人の人々と共に仏教に集団改宗し、インドにおける仏教復興運動を始めたのです。そして、その志を継いで不可触民の人々をカースト制度から解放し一切平等利益を進めているのが佐々井師です。
  • この本で知ってビックリポンだったのが「ガンジーは不可触民を大変嫌っていた」ということです。ガンジーを聖人のように思っていたので、どんな理想の高い人でも宗教的偏見からは逃れられないのだと思った次第です。
  • さて話が脇道にそれてしましましたが、仏教には仏様や立派なお坊様を讃えるために花をまく習慣があり、それが仏前や墓前に花を供える習慣につながっていったということはご理解いただけると思います。
  • 仏様に花を供えることは分かります。ですがお墓、ご先祖様に花を供える理由が分からない。なぜなら仏教では輪廻転生を説くのですから、死んでしまったら49日ののちには、他の存在に生まれ変わってしまうか、お浄土に往生するかしてしまうわけです。生まれ変わったご先祖様はお盆に帰ってくることはできません。
  • 実は昔から悩んでいました。仏花も心やすらかにお売りできません。ということで続きは次回。

花とご先祖供養 Ⅱ

  • 『ブッダは実在しないのか?』島田裕巳、藤本晃(サンガ新書)2016.7.1に答への一つの道がありました。
  • 藤本晃師は浄土真宗のお寺の住職さんでしたが、テーラワーダ仏教(昔は南伝仏教とか上座部仏教といいました。インドからスリランカに伝わり、その後ビルマやタイに広がった仏教です。パーリ語で書かれた初期仏教経典に基づく実践を行い、現世で解脱し悟りをひらくことを目ざす仏教で、日本に伝わった大乗仏教とはかなり異なるものです。)の長老であるアルボムッレ・スマナサーラ師を寺に招いて講演や瞑想の実践をしたり自身もテーラワーダ仏教の研究を進めていたため、真宗に破門されそうになり独立したという大変おもしろいお坊様です。
  • その藤本さんが初期仏教から葬式供養があったと言っているのです。同書P163「初期仏教からある先祖供養」から引用します。
  • 藤本 私に言わせれば先祖供養とか功徳回向だって初期仏教以来の在家信者向けの教えですからね。先祖供養とか功徳回向とか日本仏教でも堂々とやっている仏事は、中国思想の影響だとか大乗仏教ではじめて出た教えだなどと今でも誤解されていますが、釈尊がパーリ語経典で最初から言っています。(中略)でも日本でも、坊さんが「先祖供養は中国のもので、仏教には元々なかったのだ」などとばかなことを言うことがあります。釈尊は、「在家生活を円満に生きたいのならこうやって徳を積んで来世は天に行きなさい。それと違うものを目指すなら修行して悟りを開きなさい」という感じで、得を積んで生きる在家生活と世間を捨てる出家生活と両方の道でアドバイスしましたけどね。
  • 島田 それ、先祖供養なんですか。
  • 藤本 「功徳回向を先祖にも向ける」という考え方で先祖供養になるんです。生きている人々同士でもお互いに功徳回向をするんですけど、やっぱり「亡くなった人のために功徳を回向します」というのが、功徳回向のなかでもいちばん多いみたいです。それがいわゆる先祖供養。アショーカ王の碑銘がインドでは最初で、その真似をして、みんな何にかのお布施をしたら寺のお堂の礎石とか柱なんかに回向文を刻むようになったんですよ。その文言の多くが、「一切衆生の平安のために」とか「亡き母と父のために」などなんですね。アショーカ王の直後からっそういう回向文が始まっていますから、逆に言えば、「もう少し前から心のなかや言葉の宣言としてはやっていただろう」と推測できます。
  • 花をお布施し仏法僧の三宝を敬うことが功徳となり、その功徳を転生した亡き人々に回向するというのが仏花の意味なのではないかと今は思っています。花屋としては、立派なご回向となるよう美しく浄らかなお花をそろえたいと思います。

タイラ酒店さんのおかげです 8月5日(金)

  • 教育というライフワークを自ら捨てたわたしにとっての第二のライフワークは2つあります。一つが庭仕事。ヘッセのいう「庭仕事は魂を開放する瞑想である」という悟りを求めて苦闘しています。
  • もう一つは、モルト・ウィスキーを死ぬまでにできる限り多くの種類を飲み、モルトについて語れるようになり、ミドルネームを「マッサン」にして大塚マッサン俊宏と名乗れるようになることです。
  • 残念ながら、この二つのライフワークは難病を患い入院手術して以降、遅々として進んでいません。特にモルト収集は7か月ほど頓挫していました。それでも先日久しぶりにタイラ酒店さんに行ってみると、ウィスキーコーナーが一列増えているではありませんか‼ビックリポンです。
  • ただでさえ富士地区というか静岡県東部というか、その一円であれだけのコレクションがそろっているのはタイラさんだけだとわたしは思います。それがさらに加速してしまったのですから、もう都会なみではないでしょうか。
  • 20分くらい棚を眺めて悩んで買ったのがグレンロセスのビンテージリザーブです。グレンロセスはスペイサイドにあってマッサン竹鶴政孝が学んだ蒸留所の一つです。
  • カティーサークの元酒でモルトとして販売されて日が浅いとのことです。なんとエイジボトルがありません。オーク樽を厳選しその樽による風味を大切にする蒸留所だそうです。確かにヨード臭が少なくさわやかな香りがあり舌の上でころがすと単純に飲み干すのとまったく深い味わい違ったがあります。「これが樽かあ」という感じです。最初は飲みやすく軽い酒かなと思っていたのが段々と変わってきました。
  • 実はもう一つ紹介したい酒があります。一緒に買ったのが養命酒製造株式会社の「ハーブの恵み」です。
  • 養命酒さんのホームページを観るとこの酒を造るのに3年半の月日を要したそうで、そうとうなこだわりがあるようです。花屋の人間としてはハーブ酒なら飲まにゃならんだろうと毎晩楽しく飲んでいて、今は2本目です。
  • こうしたおもしろい酒に出会えるのも、本当にタイラ酒店さんのおかげです。