2015年8月

 

花が好きですか?それとも愛していますか?Ⅱ 8月27日(木)

  • 映画『レオン』1994年リュック・ベッソン監督。主人公の孤独な殺し屋レオンが唯一の親友としているは観葉植物の鉢。この鉢を持って敵から逃げるシーンがとても印象的でした。この当時のジョンレノはかっこよかったですね。品種はアグラオネマ・カーティシー。残念ながらおとぎやでは売ってません。
  • 植物を愛する人が必ずしも孤独とは限りません。でもペットへの愛情と比べると理解しにくいですね。愛犬は声をかけ遊んでやり餌をあげれば、素直に喜んでくれます。でも、植物への愛情は、どのように返ってくるのか分かりずらい。
  • 毎朝水やりをし、花柄をつみ、液肥をあげ、支柱を立て、鉢を日当たりから半日陰にやったり戻したり、うまくいけば開花し咲き続けてくれる。愛情の返礼という気はしません。開花によい条件を整えることができたということです。植物はわたしたち人間の意志に関わらず、自然に咲くのです。
  • ところが、育てている植物に毎朝「おはよう」「元気に育ってね」夜は「おやすみ」などと声をかけると、生育がよくなると言う考え方があります。この説はかなり広く流布していて、夏休みの自由研究で声かけをした植物とそうでない植物の比較研究をしたものを読んだことがあります。毎年行っている市内自由研究作品展の理科の部です。また、この研究を自校の代表に選んだ理科の先生は、この説を信じているのではないかという予測もできます。
  • みなさんはこの説を信じますか?信じているかたは「科学で説明できないこともある」とおっしゃるでしょう。血液型性格判断と同じで、信じている人を「それは科学的でない」と説得するのは難しい。人は信じたいものを信じるのであって、合理的判断のもとに信じるわけではありません。
  • ですから、人でない動物や植物や骨董や何やかやを擬人化して、それを愛するという感情を説明することはとても難しい。
  • そもそも、人への愛でさえ語ることは困難です。愛は無分別であり、愛のかたちは他者に理解しがたく、愛そのものがときにはファンタジーであったりします。愛は所有欲であり、見返りのない愛は怒りや暴力に変わることがあります。そして、愛はなかなか世界を救ってくれません。
  • 植物愛について語ることは同じように難しい。でも、植物を愛しているからといって人に迷惑をかけるわけではありませんし、変質者でもありません。むしろ美しいことではないかと思います。
  • ただ一つ問題なのは、植物の奴隷になっているわたしは、植物を愛してはいないということです。
  • そこで、植物を擬人的に思っているかどうかを検討してみたいと思います。レオンがアグラオネマ・カーティシーを唯一の親友と思っていたように、コルドバのパティオの老婦人が花をお嬢様と思っているように、植物を人間のように感じているかどうかです。
  • 花柄つみをしていて誤って開花している花を切ってしまうことがあります。そんなとき「ごめんね。かわいそうだったね」と語りかけている自分がいます。でも、その後「ま、いいか。また生えてくるかもしれないし」とつぶやいているので、わたしは擬人的に話してはいても、擬人化してはいないと思います。ときどき水やりや雑草取りをしながら花に「君はきれいだね」とつぶやいていて「こりゃ、いかんいかん。花に話しかけるようではおしまいだ」と反省しますので、どうもわたしは植物を擬人化していません。
  • 花を愛してはいませんが、花癖があり花が好きです。「花を愛する」ことと「花が好きだ」ということは別モノではないかと、実は考えています。そのあたりのお話は次回で。

 

一花からの花LIFE

  • 赤茶けた枯れた蕾のようなのがハイビスカスの一種で意外と柔らかな花です これが気に入ってちょうどグラジオラスの赤が入荷していたので組み合わせてみました 花色がまだ寂しいのでオンシジウムの黄色を入れました そしたらリンドウも合うかもと 投げ入れてみました
  • 花のある暮らしで心が和みます ご来店のおりはフラワーキーパーもご覧ください いい花入ってます

 

花が好きですか?それとも愛していますか? 8月23日(日)

  • わたしが転職して驚いたことにひとつに、花鉢や苗を指して「この人」と呼んでいることです。この業界は商品を擬人化しているのだと不思議に思いました。
  • 人間以外の物や動物・植物への愛着が強くなると、ひとはそれを擬人化するようなります。たとえば、ペットを自分の家族や子供と同じように感じる人がおおぜいいます。
  • 学校では毎年、避難所運営委員会というのを開催しています。地震などの非常災害のあったとき、学校が避難所になることは皆さんご存知だと思います。そのした非常事態のときの対策を話し合う会合です。学校の管理職と市役所地区担当職員、そして地域自治会役員の防災担当役員の方々が集まります。普通は避難場所の確認と、児童生徒の安全対策や教職員の避難所運営への協力について確認するだけで終わるのです。
  • ところが、ある時ある役員の方が「ペットは家族も同然だからペットのための避難場所をつくってほしい」とおっしゃったのです。正直困りました。「学校再開後は生徒が学習する場所ですから、犬猫へのアレルギーのある子供もおり、ご勘弁いただきたい」と言わざるを得ないと思っていたところ、地域の重鎮の方が「地震や噴火のときは、まず人の命が大事だ。それが最優先だ」とおっしゃってくださって、その場は収まりました。
  • 地震のときに自分のペットの心配をする人が実際にいるのだと分かりました。わたしは、自分はそうでないからといってその擬人化を否定するわけではありません。しかし、こうした現象について考えるのは大変おもしろい。
  • 動物の側ではどう思っているのでしょう。たとえば、犬の場合、飼い主の家族を自分の群れと見ているのだそうです。そして誰が群れのリーダーで、誰が自分より格上か格下かという順位付けをして、それに応じた行動をとるそうです。ペットの犬がわがままなのは、愛情をかけすぎて甘やかして育てたからではありません。犬は自分が群れのリーダーであり、飼い主であるあなたのことを手下だと思っているのです。
  • こうした動物の反応を動物の立場から考えて「動物行動学」という学問を確立したのがドイツのコンラート・ローレンツ博士です。次の2つは、たいへんおもしろく読みやすい本です。
  • 『人イヌにあう 』(ハヤカワ・ノンフィクション文庫) 小原 秀雄 (翻訳)
  • 『攻撃―悪の自然誌』みすず書房、日高 敏隆 (翻訳), 久保 和彦 (翻訳)
  • 人がペットを擬人化しているの対して、ペットの側は人を擬動物化しているのです。
  • 愛するということは執着することです。「愛」という文字の古い形である金文などをみると「人が振り返って後ろ髪を引かれている」様子を表していると白川静先生は書いていたように思います。仏教では、執着である愛を否定します。古代の東洋人も「愛する」という執着心を生む心理に恐れを抱いていたかもしれません。いずれにしても「愛」という言葉が、肯定的に捉えられるようになってきたのは、西洋化が進んだ近代になってからのことです。
  • ペットを日本語に訳すると「愛玩動物」ということになります。すなわち「愛して弄ぶ(もてあそぶ)動物」です。
  • では「愛玩植物」という現象はあるのでしょうか。確かにそれは、あるのです。続きは次回に。

 

フジアザミ 8月19日(水)

  • 昨年、通販で2苗取り寄せたのですが、葉が枯れては新しい葉が出るの繰り返しで、花が咲きませんでした。1苗は冬を越せませんでした。フジアザミなのに!?
  • 用土は、ほとんど何も考えフジアザミだから富士砂でしょと鉢全部富士砂にしました。水はけは抜群ですが、水もちがしません。今思えば腐葉土などの有機物を混ぜてやればよかったように思います。
  • その生き残りのフジアザミが今年は順調でついに咲いてくれました。園芸で必要な力は、忍耐力ですね。でもずっと下向きのままで、あまりよく鑑賞できません。上を向いて咲こう状態になったらまたご報告します。

 

 

ハスの花鉢 8月16日(日)

  • 昔、大恩あるかたからいただいた花入れがあります。ところが、わたしは床の間を持っていません。数年に一度、もらった花束を投げ入れるだけです。そこで、ふと思いついてハスの花鉢にしようというとんでもないことを考えてしまいました。思いつくとやらずにはいられないのが園芸家のさがです。ハスの花はお浄土にも咲いているということですから、楽園の花鉢に活用するのもお許しいただけるだろうなどと勝手に解釈し、さっそく畑の黒土(本当は田んぼの土がよいのだそうです)腐葉土と牛糞、米ぬかに緩効性肥料混ぜて練り上げ、ハスを植えつけました。
  • やっと花が開きかけているところです。園芸の楽しさは、自分の工夫が形になることなんだと改めて思いました。

 

植物に水をあげることⅡ 8月16日(日)

  • 植物の行う光合成では水が必要であり、花鉢の土の中に水を送ってやるのが水やりの一番大切な役目のようです。前回、光合成について書いていて思い出したことがあるので、ちょっとわき道にそれます。
  • 20年くらい昔のことですが、ケナフという植物を育てて二酸化炭素を減らそうという活動が、小学校で盛んだったことがありました。ケナフはとても成長が速いので普通の植物と違って二酸化炭素をたくさん吸収するというのです。
  • こういう手の話を聞くと、すぐに胡散臭く思うのがわたしの悪い趣味です。さっそく「静岡県教育委員会の指導主事ですが、本当でしょうか?」と環境省に電話してみました。そうしたら「二酸化炭素の吸収量は葉の表面積に関連するのであって、そのケナフとやらいう植物が特別優れているわけではありません」とお答えいただきました。あの頃いっぱい栽培されていたケナフ、今はどうなっているのでしょうか。
  • 某種苗会社が自社生産の花苗を「空気をきれいにする」とかいって販売していますが、「頭の良くなる花カランコエ」と同レベルで受け止めたほうが、おそらくいいでしょう。
  • 本題です。植物は二酸化炭素を吸うだけでなく、酸素も吸って呼吸をしているということを、中学校の授業で習います。植物も生命体ですから、自分でつくった炭水化物を酸素で燃焼させてエネルギーを取り出し、命をつないでいるのです。
  • では、植物は体のどこの部分で酸素を吸収しているのでしょうか。これは、習った記憶がどうもありません。葉の気孔でしているものだとばかり思っていました。
  • 調べてみますと、人間の皮膚呼吸のように植物は体のあらゆる細胞で呼吸をしているようです。特に根からの酸素の吸収が多いようです。詳しく知りたい方は日本植物生理学会の「みんなのひろば植物Q&A」http://jspp.org/hiroba/q_and_a/detail.html?id=1130を参照してください。
  • 土のなかには空気の入る隙間があって、これを土壌間隙というそうです。その土壌間隙から酸素を吸ってそこに二酸化炭素を吐き出します。すると土壌間隙は二酸化炭素だらけになってしまいます。
  • 「鉢土が乾いてから水やりをする。そのとき鉢の底から水がこぼれるくらいたっぷり水やりをする」というのが、水やりの基本です。
  • 『園芸「コツ」の科学』上田善弘(講談社)より引用
  • それは、土が乾いてから水やりをすると、水は乾燥した土の表面から鉢底まで、スムーズに水がしみこんでいって、根に酸素も供給することができるからです。水やりによって鉢内の空気の交換ができるのです。植物に水をあげる大切な理由の一つが、根が呼吸できるように酸素を送ってやることなのです。
  • 『園芸「コツ」の科学』上田善弘(講談社)より引用
  • 「根腐」(ねぐされ)という言葉がよく聞かれます。わたしは水のやりすぎで根がそのまま腐ってしまうことだとばかり思ってました。実際は、水のやりすぎで土壌間隙が水で満たされてしまい、根が呼吸できなくなって根の細胞が死んでしまうことなのだそうです。
    このことを、わたしは『園芸「コツ」の科学』上田善弘(講談社)から学びました。肥料や土づくりなどについて園芸のコツが分かりやすく書かれているおもしろい本です。昨年、園芸の基礎知識とその理屈をこの本から学びました。難しくない本です。図も分かりやすく描かれています。今日の図は、皆この『園芸コツの科学』から引用させていただきました。
  • 水はやりすぎても、やらなすぎてもダメなんですね。水やり3年。がんばらなくては。
  • 『園芸「コツ」の科学』上田善弘(講談社)より引用

 

植物に水をあげること 8月15日(土)

  • 夏の水やりは庭仕事のなかでも重労働の一つではないでしょうか。朝早く起きて水やり、会社から帰ってきてビールも飲まずに水やり。園芸家は植物のために生きているようようなものです。でも、そのおかげで早寝早起き、仕事帰りのアルコールも少なくなって健康維持。花のおかげです。
  • さて、そんな水やり。なんで大切なのでしょう。花鉢のように閉ざされた土のなかではどんなに根を伸ばしても植物は水を得ることができません。(逆に地植えの場合は根をしっかり張らせるように水やりを控えます。)ためしに鉢に水をやらないでしまったらどうなるでしょう。夏の炎天下なら、すぐに枯れて死んでしまうでしょうね。
  • 植物の体の大部分を占めるのが水で、成長途中の若い植物では体の8~9割が水でできているそうです。その水を吸い上げるのが、皆さんご存知のように根です。根は土よりも浸透圧が高くなっているので、土にしみ込んだ水は根の細胞に吸収されます。浸透圧は、根の奥のほうの細胞、根の高いところの細胞ほど高くなっているので、次から次へと根の内側に運ばれていきます。そして根の導管(植物が水を吸い上げていく管)から茎の導管に運ばれ、最後は葉へと運ばれます。
  • こうした根が水を吸い上げる力を「根圧」というのだそうです。植物の茎を切るとそこから水があふれだしてくるのは、この根圧の力によるものです。
  • 水を植物の体中に運ぶ力はこの根圧以外にも2つあります。一つは水の分子どうしが引き合う「凝集力」です。植物の中で水は、一本の水柱のようになっているのです。もう一つは葉が水を蒸発させ、水が足りなくなったところに水が流れ込むことで水を吸い上げる力です。これを蒸散による吸水力と言います。
  • 蒸散にはもうひとつの働きがあります。葉は暑さに弱く、内部の温度が上昇しすぎるとしおれてしまいます。それを防ぐため気孔(植物が空気中から二酸化炭素を吸い込んだり、酸素を吐き出したり、水分を蒸発させるための穴。2つの細胞が動いて開いたり閉じたりできる)を開いて水分を蒸発させ、そのときの気化熱で葉の内部温度を下げるのです。気化熱というのは打ち水の原理ですね。
    『植物の体の中では何が起こっているのか』より引用
  • 植物が水を必要とする最も重要な理由をまだ説明していませんでした。なんでしょう。
  • どんなかたでも、小学校や中学校の理科の授業で、植物の葉にアルミニウムをかぶせる実験をしたことを思い出してください。この実験で光合成というのを勉強したと思います。植物は光のエネルギーを利用して炭水化物を作り出すという植物の偉大性について習うのです。
  • そして、このとき誰しもが「植物は二酸化炭素を吸って酸素を吐き出す」というように覚えるのです。しかし、二酸化炭素だけでは炭水化物をつくることはできません。もう一つの必要なものが水です。光合成の化学反応には二酸化炭素と水の二つが必要なのです。
  • 6CO2(二酸化炭素)+12H(水)→12(ブドウ糖)+6HO(水)+6O(酸素)
  • この光合成でつくられたブドウ糖が結合して植物の体の組織をつくる炭水化物になるのです。ですから植物に水をあげないと、植物は成長してくれないのです。水やりをする一番大切な理由です。
  • 今まで書いたことのほとんどは『植物の体の中では何が起こっているのか』嶋田幸久・萱原正嗣(ベレ出版)からの引用です。少し難しいですが、文系のわたしにも分かるように書かれた素晴らしい本です。
  • この本で知った、おもしろかったことの一つが「植物は二酸化炭素を吸って酸素を吐き出す」という表現が実は正確にいうと正しくないということです。光合成の反応はいっぺんに起きるわけでなく、幾段階ものプロセスに分かれています。その一番最初のチラコイド反応という部分で12個の、水分子が6つの酸素分子と24個の水素イオンに分かれるのだそうです。驚きました。つまり、私たちが吸っている酸素は、二酸化炭素COに由来するものではなく「水」からできているのです。
  • 水やりって本当に大切なんですね。
  • ところで、水やりがとても大切な理由がもう一つ残ってます。それは次回ということで、ごきげんよう。

 

 

ガーデニング初心者のための「夏の水やり」プリント配布中 

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夏の鉢植え 8月13日(木)

  • お盆の入りで昨日までは大変忙しかったのがうそのように、お客様の姿が少なくなってしまいました。そんななかで久しぶりにお見えになって、花苗を買ってくださるお客様がいらっしゃって、お盆なだけに仏様のように思えて、心のなかで手を合わせてしまいました。
  • おとぎやで販売中の苗で作ったつたない鉢植えをご紹介します。
    最初はNHK教育テレビ「趣味の園芸」に触発されてつくった「熱帯スイレンのアクアリウム風」です。実は容器をさがすのに苦労しました。大き目のガラスの器がいろいろさがしてもありません。某ショッピングモールの1階でワインクーラーを売っていましたので代用しました。つぎは色物のガラスのコップ。これは某ショッピングモール2階の某専門店さんで特価300円の緑色のコップがあり、やった!!と思って買い求めました。
    コップに水生植物の土をつめてスイレンを植えました。ワインクーラーの底にはイオンライトを敷いてできあがりです。ふつうのスイレン鉢よりも涼しげでいいなと一人悦にいってます。
    熱帯スイレン、水生植物の土、イオンライトはおとぎやで売ってます。
  • 大好きなインカレビアの鉢をもう一つ作ってしまいました。なかなか花が咲いてくれなくてやっと咲きました。もう一鉢は、多年草ですので日のあたる軒下で冬を過ごしました。春からよく咲いてくれたのですが長梅雨で元気をなくし、切り戻しました。みるみると葉を増やし、今は開花休憩中です。インカレビアもおとぎやで販売中です。
  • 初めてつくったゲラニウムの鉢です。枝を長く伸ばすので、釣鉢にしようか迷ったのですが、枝垂れやすいプラスチック鉢に植えてみました。開花が少ないのが残念ですが、可憐で美しい花です。なお、おとぎやで販売中のゲラニウムには花がかなりついてます。

 

 

庭仕事 園芸家 ガーデナー 花癖あり 8月9日(日)

  • ヘルマン・ヘッセは庭仕事と言っていました。カレル・チャペックは園芸家と自称していました。わたしが、もう一つ気に入っているのは「ガーデナー」です。
  • 山梨県の某ホームセンターで買った飾り物ですが、気に入っています。庭のシンボル・ツリーに吊り下げてあります。ガーデニングする人のことをガーデナーというのではないか、と言われてしまえばそれまでなのですが……
  • 『武家深秘録』に「将軍秀忠花癖あり名花を諸国に徴し、これを後吹上花壇に栽(う)えて愛玩す」とあるそうです。「花癖」は「かへき」と音で訓むのが正しいのでしょうが、わたしはあえて訓で「はなぐせ」と読みたい気がします。なんか「花の病気」を患ってようで、いいではありませんか。
    家康公もまた花好きで、造って間もない江戸城に諸国の花を植えたそうです。
    3代家光公は、だいの盆栽好きで、8代将軍吉宗公も花好きで、江戸の各所に桜を植えて花見を奨励したことは有名です。
    吉宗の孫の老中松平定信公は、寛政の改革で有名ですね。引退後は楽翁と称し学術文芸や起倒流柔術(達人だったそうです)の稽古に励む一方、たくさんの花を集めていたそうです。
    花菖蒲を45品を集め、それらが他の品種と交雑しないよう土中に埋めた甕にわざわざ一品種ずつ植えたといいます。その全品種を画家に筆者させた『衆芳園草木画譜』は、江戸時代の貴重な園芸資料となっています。このように松平定信公は、江戸の園芸史において欠かせない人です。
    こうしてみると徳川家には花癖のDNAが組み込まれているのかもしれません。
  • おとぎやは、花癖ある人の楽園でありたいです。

 

 

 

夏花壇 8月2日(日)

  • メドーセージ、トラノオ、サワキキョウです。赤いサワキキョウの向こう側で白いサワキキョウが咲き始めています。サワキキョウは湿気を好みますので、水はけの悪い花壇の外の土に腐葉土と牛糞を混ぜて植えたものです。
  • フロックスはやや日陰の場所に植えましたが、次から次へと咲いてくれます。
  • 青いデルフィニウムが運よく返り咲いてくれました。アメリカフヨウとアスターを植えたらジニアばかりの花壇がちょっとにぎわってきました。
  • トラノオの花柄を切ってやったらわき芽がどんどんでてくれます。花の重さに茎が耐えられなくて支柱で支えています。
  • トラノオ、フロックス、アメリカフヨウ、スイフヨウ、メドーセージ、サワキキョウ、アスターアザミノは、おとぎやで販売中です。

 

植物はヒトを操る 8月2日(日)

  • TVにときどき出てくる芸人兼ミュージシャン兼作家のいとうせいこうさんと育種家の竹下大学さんの対談本です。今は絶版になっていますのでネットで古書をさがして購入しました。また、アマゾンの電子書籍にもなっているようです。
  • 表題にかかわる、さわりの部分を「第一章 植物の生命戦略」から引用します。
  • いとう いずれにしても、花というのは様々な昆虫、動物の興味を引くことがものすごく好きなんでしょうか。不思議なそんざいです。
  • 竹下 人間も花に対して強い関心を持っているという意味では、植物に利用されている部分もあるかもしれません。関心を持つだけでなく、交配してタネを播くという立場としてはなおさらそう感じることがあります。
  • いとう 実は植物がそうさせているのかもしれないということですか。
  • 竹下 そこが一番怖いところなんです。病気に強い品種や収量の多い品種とか、私たち育種家は一生懸命改良しているわけですが、これは逆に、彼らの勢力範囲を広げる手先になっているのかもしれない。
  • いとう 病気に強い品種をつくることは種の保存の方法としてはベストですもんね。
  • 竹下 いま、地球上で世界中の植物の勢力図を変える力を持っているのは人間なんです。
  • いとう なるほど。
  • 竹下 植物は人間を使って植物同士の勢力争いに勝とうと考えていて、育種家は一番うまく使われてしまっている可能性があります。
  • もう一つこの本で知った小ネタをご紹介します。枝豆は大豆だということを知らない人が意外といますが、皆さんは次のことを知っていました?「第五章 権力と植物」から引用します。
  • 竹下 枝豆だってもあの時期にしかない、固い豆になっちゃったらなくなってしまう栄養成分があるんですよ。
  • いとう 枝豆に?
  • 竹下 はい。大豆は完全に豆にしてから食べるというのがグローバルスタンダードで、熟す前の若いうちに採って食べていたのは日本人だけなんです。昔、豆になるまで待てない食いしん坊がいたのか知らないですけれど。「枝豆」を指す言葉は外国語にはありません。だから世界中EDAMAMEらしいです。大豆は確か中国から来たと思うんですが、中国にも枝豆はないですからね。
  • いとう そんな使い方をしなかったわけですね。
  • 竹下 いずれにしても、その時にだけ増える特別な成分を人間様がパクッと食べてしまいます。
  • 大豆にはない独特のうまさを食べているのですから、枝豆はまさに世界無形文化遺産”和食”だったんですね。
  • ちなみに、わたしは”ゆで落花生”にも十分世界無形文化遺産の値打ちはあると思います。中国の紹興市に行ったとき落花生をむいて味付けした煮物を食べました。それは紹興(昔の越国)独特の食べ方のようでした。”ゆで落花生”そのものは中国にもないのではと思います。富士宮市に来た何人かの欧米人にも聞きましたが”ゆで落花生”はないようです。あのうまさを化学分析してくれる人がいるといいですね。

 

花の召使 8月1日(土)

  • 最初は小さな鉢にサフィニアを植えました。58歳で退職してまったく職種の違う花屋の仕事についたはいいのですが、もとより花を育てた経験はまったくなく、花の名前もまったく分かりません。ノートに書いて覚えようとしましたが、メランポとリネアリスの違い、ニチニチソウとインパチェンスの違いさえ分かりません。そんなんで市場で仕入をしようなどというのは無体な話です。
  • 自分で花を育てて理解するしかない。そう決めて最初に植えたのがサフィニアでした。
  • 梅雨が始まって、湿気に強いペンタス、アイビー、アスパラガス、トレニア、コリウスなど集めて寄植えを造りました。段々と鉢が増えていって、7ℓのジョロを持って朝夕行き来していたら肩を痛めてしまいました。
  • そこで、家の南側の空き地に幅1M長さ3.5Mほどの花壇を造ることにしました。花壇はよほど乾いていなければ水遣りをしないですむからです。レンガを買うお金がもったいないので、土止めはそのあたりに切り倒されて転がっていたモチノキの幹をチェーンソーで斬って作りました。
  • 大変だったのは土作りです。なにしろ排水の悪い場所でしたから、30cmほど掘りあげて、腐葉土・牛糞・培養土と入れ替えて、水はけをよくしました。週1日の休日と朝夕の少しの時間を使っての花壇作りはしんどかったです。できあがったのは7月中旬の夜8時頃でした。
  • さあ、それからはエキナセア、ルドベキア、ミソハギ、ヒオウギ、サワキキョウなどの宿根草を手当たり次第に植えて花壇が狭くなって次の花壇を造りました。それ以来1年間で花壇化した場所は7ヶ所です。その間のところどころに鉢置き場があり、ネットがつるさがっています。30Mホースにさらにつぎたしたホースが、東側と西側両方にあります。
  • 楽しい園芸が、今は「花の奴隷」です。それでも、おもしろい花を見つけると思わず買ってしまい、どこにどのように植えるか迷い、植え時が遅れ、花に追い立てられる毎日です。園芸病にかかっているのは事実ですが、とても「魂を解放する瞑想」までいきません。
  • BSテレビ番組(チャンネルは忘れました)で、スペインのカタルーニャ地方、コルドバのパティオ祭りを放映していました。パティオというのは中庭のことです。イスラム支配の文化が残っているこの地方では貴族や裕福な商人の家には必ず中庭があったそうです。それが今は庶民の住む集合住宅に変わっています。ですが中庭は皆の共有地です。住民は中庭を花で飾り、壁面には鉢を吊り下げてパティオを花一杯にしました。どの住宅でも花が飾られるようになって、コルドバのパティオは世界遺産になっています。毎年5月には、パティオの花コンクールが行われているというのです。
  • 写真はコルドバ・パティオ祭りのページからお借りしました。 http://patios.cordoba.es/index/index
  • こんな高いところの鉢にどうやって水をやるのでしょう。長いさおにホースをつけて水遣りしているそうです。その昔は棒の先にバケツをくくりつけて水遣りをしたそうです。それを住民が毎日交代でやるんだそうです。大変な作業ですね。
  • さて、やっとここからが本題です。その花祭りで何度も最優秀賞に輝いたパティオの80代の老婦人がこう言っていました。
    「わたしたちは花の召使なのよ。さあお嬢様、お水をお飲みください。おめし替えのお時間ですよ。花柄をおつみいたしましょう。ってね。だから何も苦にはならないの。誇りに思っているわ。」
    というような内容です。「花の奴隷」などと思っているようではまだまだ庭師合格ではありませんね。
  • この酷暑の日々、庭で苦労されている皆様に一言「さあお嬢様に、お水をさしあげましょう」